茹で蛙現象
ビジネスの世界でよく使われる喩え話に、「茹で蛙現象」というものがある。
熱湯にカエルを投げ込むと、カエルはその熱さに驚き飛び逃げてしまう。
ところが、水の中にカエルを入れて、少しづつ熱していくと、カエルは逃げる機会を失い、茹で上がってしまうというのである。
本当の話なのか、作り話なのかは、定かではない。
人も企業も、具体的で明確な危機が急激に現れた場合は、何とかしなければと、行動を取るのだという。
しかし、じわじわと物事が悪い方向に進んでいる場合は、何とかしなければと思いながらも、「まだいいだろう、まだいいだろう」と先延ばしをしてしまい、気づいたときには既に後の祭りということになるのである。
今の日本を考えた時、この「茹で蛙現象」そのものではないかと思う。
根本的な変革を先延ばしにして、表面的な辻褄合わせに終始している。敗戦後60年を過ぎた今、もっと本質的な議論をすべきであろう。
それでは何が本質的な課題かといえば、「食と安全保障と政治への信頼」の三つである。
この三つは、孔子の述べた政治の要諦である。
「無信不立(信無くば立たず)」http://nishimori.blog110.fc2.com/blog-entry-76.htmlも、参照して下さい。
まず、「食」についていえば、1986年に出された前川レポートで、
基幹的な農産物を除いて、内外価格差の著しい品目(農産加工品を含む)については、着実に輸入の拡大を図り、内外価格差の縮小と農業の合理化・効率化に努めるべきである。
とされ、このとき以降、食料自給率を低下させることが、日本の国策であった。
この国策自体を、早急に見直す必要があるだろう。
今すぐに、自給率100%ということを表明すれば、食料輸出国からの反発は必至であろうが、近い将来に食糧危機が起こる可能性がある以上、これに備えることこそが、そもそも政治の役割なのである。
この「食」の問題については、
「インド ブータン アジアの布 染織美術館」というブログを開かれている「ひかるのさん」が具体的で発想豊かな提案をされているので、是非、ご覧頂きたい。
「http://asiancloth.blog69.fc2.com/blog-entry-807.html」
安全保障についていえば、自衛隊と憲法の関係である。憲法を素直に読めば、自衛隊が違憲であることは明白である。
安全保障という「食」と並ぶ国家の重大事において、まやかしと欺瞞がまかり通っているのが、この国である。
であるから、孔子が、政治においても最も重要だといった「信頼」が失われたままの状態になっているである。
国家の根本法に嘘が書かれたままになっていて、信頼が得られる筈もない。
私は、自衛としての軍は持つべきであるとの立場であるから、憲法の改訂を望んではいるが、もし、国民の総意として憲法をそのままにするのであれば、今の自衛隊は解体すべきであろう。
政治家を選ぶのは私たち国民であるから、今のような状態に陥った責任の一端が私たちにあるのは当然である。
しかし、今ほど政治家が選挙に受かることだけを考えている時代は、かつて無かったのではないだろうか。
政治を馬鹿にする国民は政治からのしっぺ返しを受けるというが、あまりにも国民を馬鹿にした政治は、国民の反撃を受けることになるであろう。
今回の生活支援定額給付金が、単なるバラ撒きではないかと国民の大多数からの反発を受けていることからも分かるように、私たち国民はそれほど愚かでないことを、政治家たちは理解すべきである。
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熱湯にカエルを投げ込むと、カエルはその熱さに驚き飛び逃げてしまう。
ところが、水の中にカエルを入れて、少しづつ熱していくと、カエルは逃げる機会を失い、茹で上がってしまうというのである。
本当の話なのか、作り話なのかは、定かではない。
人も企業も、具体的で明確な危機が急激に現れた場合は、何とかしなければと、行動を取るのだという。
しかし、じわじわと物事が悪い方向に進んでいる場合は、何とかしなければと思いながらも、「まだいいだろう、まだいいだろう」と先延ばしをしてしまい、気づいたときには既に後の祭りということになるのである。
今の日本を考えた時、この「茹で蛙現象」そのものではないかと思う。
根本的な変革を先延ばしにして、表面的な辻褄合わせに終始している。敗戦後60年を過ぎた今、もっと本質的な議論をすべきであろう。
それでは何が本質的な課題かといえば、「食と安全保障と政治への信頼」の三つである。
この三つは、孔子の述べた政治の要諦である。
「無信不立(信無くば立たず)」http://nishimori.blog110.fc2.com/blog-entry-76.htmlも、参照して下さい。
まず、「食」についていえば、1986年に出された前川レポートで、
基幹的な農産物を除いて、内外価格差の著しい品目(農産加工品を含む)については、着実に輸入の拡大を図り、内外価格差の縮小と農業の合理化・効率化に努めるべきである。
とされ、このとき以降、食料自給率を低下させることが、日本の国策であった。
この国策自体を、早急に見直す必要があるだろう。
今すぐに、自給率100%ということを表明すれば、食料輸出国からの反発は必至であろうが、近い将来に食糧危機が起こる可能性がある以上、これに備えることこそが、そもそも政治の役割なのである。
この「食」の問題については、
「インド ブータン アジアの布 染織美術館」というブログを開かれている「ひかるのさん」が具体的で発想豊かな提案をされているので、是非、ご覧頂きたい。
「http://asiancloth.blog69.fc2.com/blog-entry-807.html」
安全保障についていえば、自衛隊と憲法の関係である。憲法を素直に読めば、自衛隊が違憲であることは明白である。
安全保障という「食」と並ぶ国家の重大事において、まやかしと欺瞞がまかり通っているのが、この国である。
であるから、孔子が、政治においても最も重要だといった「信頼」が失われたままの状態になっているである。
国家の根本法に嘘が書かれたままになっていて、信頼が得られる筈もない。
私は、自衛としての軍は持つべきであるとの立場であるから、憲法の改訂を望んではいるが、もし、国民の総意として憲法をそのままにするのであれば、今の自衛隊は解体すべきであろう。
政治家を選ぶのは私たち国民であるから、今のような状態に陥った責任の一端が私たちにあるのは当然である。
しかし、今ほど政治家が選挙に受かることだけを考えている時代は、かつて無かったのではないだろうか。
政治を馬鹿にする国民は政治からのしっぺ返しを受けるというが、あまりにも国民を馬鹿にした政治は、国民の反撃を受けることになるであろう。
今回の生活支援定額給付金が、単なるバラ撒きではないかと国民の大多数からの反発を受けていることからも分かるように、私たち国民はそれほど愚かでないことを、政治家たちは理解すべきである。
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コメントの投稿
国民は愚かではない。
果たして本当にそうだろうか。
私自身が全く政治に興味がなく、のほほんと生きてきた。
そんな人が多いのではないかと危惧します。
日本は岐路に立たされている事を多くの国民が知り、大きく舵を切っていく事を望みます。
無理なんでしょうか。
ゆでガエルは勘弁願いたい。
子供達の未来の為に。
果たして本当にそうだろうか。
私自身が全く政治に興味がなく、のほほんと生きてきた。
そんな人が多いのではないかと危惧します。
日本は岐路に立たされている事を多くの国民が知り、大きく舵を切っていく事を望みます。
無理なんでしょうか。
ゆでガエルは勘弁願いたい。
子供達の未来の為に。
ケロリーヌさんへ
国土が小さく資源も乏しい我が国で、もし国民が愚かであったら、もうお終いですよ。決してそんなことはないと思いますよ。
”茹で蛙現象”で少しずつ食が乱れてきたのを、事件をキッカケに気付いた感があります。
国民は気付いたのに、政府が対処できないのは残念でならない。
与党の腐敗も、野党の政権担当力の欠如も”茹で蛙現象”であると思います。
生活支援定額給付金は一時的な効果は望めるかも知れません。
しかし、並行して立て直し策を進めなければ、ただのバラマキになってしまうと思います。
国民は気付いたのに、政府が対処できないのは残念でならない。
与党の腐敗も、野党の政権担当力の欠如も”茹で蛙現象”であると思います。
生活支援定額給付金は一時的な効果は望めるかも知れません。
しかし、並行して立て直し策を進めなければ、ただのバラマキになってしまうと思います。
こんばんは〜。
今の政治家を選んだのは我々であり、したがって政治家の質は国民を写し取ったものであるわけで、それを思うとちょっと暗澹たる気持ちになっちゃったりします。
おっしゃるように「国民はそれほど愚かではない」。そうであってほしいと、僕も思いますね。
かなりの程度成熟した社会である、とは思っているのですが。。。
今の政治家を選んだのは我々であり、したがって政治家の質は国民を写し取ったものであるわけで、それを思うとちょっと暗澹たる気持ちになっちゃったりします。
おっしゃるように「国民はそれほど愚かではない」。そうであってほしいと、僕も思いますね。
かなりの程度成熟した社会である、とは思っているのですが。。。
薪をくべている主体は・・・
いつも ありがたく拝読しています。「ありがたく拝読」という表現はヘンかも知れませんが、正直に ありがたい気持ちで拝読しているのです。
今回の「茹で蛙」は、実に蒙を啓かれる思いでした。蛙ってそうなのか・・!と。そして、まさに現在の日本 ―― だけでなく、「歴史のリアルタイムに在る人々」の多くがそうなのかもしれないと思いました。
まさか戦争になるとは・・ まさかその戦争で焼け野原になるとは・・ まさかまさか・・ そう、「その場」に長くいると慣れて麻痺してしまうのかも。そして、現在の日本の悲劇は、蛙を茹でる釜に、薪をコンスタントにくべているのが国民自身・・だということではないでしょうか? 以前、「政治家と言えども 遠い国から輸入した人材ではない。この国のこの社会の中の家庭に生まれて育ったのだ。彼等のような人間が育つ、そのニッポンの家庭で、あなた方も育っている」 と読んで、ああ! と思ったことがありました。我々一人ひとりが、自分自身を、そしてこの国を茹で蛙にする薪を、麻痺状態でどんどんくべている・・・!
ちょっと悲観的な内容になりました。すみません。
今後も期待しています。
今回の「茹で蛙」は、実に蒙を啓かれる思いでした。蛙ってそうなのか・・!と。そして、まさに現在の日本 ―― だけでなく、「歴史のリアルタイムに在る人々」の多くがそうなのかもしれないと思いました。
まさか戦争になるとは・・ まさかその戦争で焼け野原になるとは・・ まさかまさか・・ そう、「その場」に長くいると慣れて麻痺してしまうのかも。そして、現在の日本の悲劇は、蛙を茹でる釜に、薪をコンスタントにくべているのが国民自身・・だということではないでしょうか? 以前、「政治家と言えども 遠い国から輸入した人材ではない。この国のこの社会の中の家庭に生まれて育ったのだ。彼等のような人間が育つ、そのニッポンの家庭で、あなた方も育っている」 と読んで、ああ! と思ったことがありました。我々一人ひとりが、自分自身を、そしてこの国を茹で蛙にする薪を、麻痺状態でどんどんくべている・・・!
ちょっと悲観的な内容になりました。すみません。
今後も期待しています。
茹で蛙になってしまった僕でさへ、このばら撒きは国民をバカにしてると思う。
いいかげんにしてほしい。
飴で選挙する自民党にはがっかり。
いいかげんにしてほしい。
飴で選挙する自民党にはがっかり。
今回も興味深いお話でした。
茹で蛙現象。確かに今の日本、そうかもしれません。
というよりも、人間にはそういう所がありますね。尻に火が点かないと動かない。
でも、それって恥ずかしいことではないかと思います。常にあらゆることを想定して、備えておく。それが人間としての理想ではないかと思うのですが。
茹で蛙現象。確かに今の日本、そうかもしれません。
というよりも、人間にはそういう所がありますね。尻に火が点かないと動かない。
でも、それって恥ずかしいことではないかと思います。常にあらゆることを想定して、備えておく。それが人間としての理想ではないかと思うのですが。
K.TAKA さんへ
今、様々な問題が噴出していることは、これをきっかけに解決の方向へ進めば、いいことだと思います。
考えなければならないのは、今までのような、その場しのぎの問題解決の方法では、もうその効果がないということでしょう。
ドクエメットさんへ
成熟化し、まだまだ豊かであるということが、マイナスに働かないことを願うばかりです。
「金持ち喧嘩せず」という言葉を思い出したりします。
creatureさんへ
改革の必要性を唱えながら、実は改革を望んでいないのかもしれません。
色々な問題を感じていても、そこそこ暮らしていけるのが、今の日本ですから。
>薪をくべているのは国民自身
豆を豆がらで煮るという、曹操の子、曹植の詩を思い出しました。
ビルドアークさんへ
「信賞必罰」で書きましたが、信頼がなければ、どんなに恩恵を国民に与えようとしても、国民は納得しないのでしょう。
要は、馬鹿にするなということです。
桃源児さんへ
一人の人間がそこまでいくのは難しいことかもしれません。
しかし、リーダーというものは、そのことが任務ですから。
国民が喜びそうなことをやればいいというのは、政治家としての職業倫理に反しています。
今、様々な問題が噴出していることは、これをきっかけに解決の方向へ進めば、いいことだと思います。
考えなければならないのは、今までのような、その場しのぎの問題解決の方法では、もうその効果がないということでしょう。
ドクエメットさんへ
成熟化し、まだまだ豊かであるということが、マイナスに働かないことを願うばかりです。
「金持ち喧嘩せず」という言葉を思い出したりします。
creatureさんへ
改革の必要性を唱えながら、実は改革を望んでいないのかもしれません。
色々な問題を感じていても、そこそこ暮らしていけるのが、今の日本ですから。
>薪をくべているのは国民自身
豆を豆がらで煮るという、曹操の子、曹植の詩を思い出しました。
ビルドアークさんへ
「信賞必罰」で書きましたが、信頼がなければ、どんなに恩恵を国民に与えようとしても、国民は納得しないのでしょう。
要は、馬鹿にするなということです。
桃源児さんへ
一人の人間がそこまでいくのは難しいことかもしれません。
しかし、リーダーというものは、そのことが任務ですから。
国民が喜びそうなことをやればいいというのは、政治家としての職業倫理に反しています。
私もどちらかというと急激な変化は苦手な方で、嫌なことは少しでも先へ先へと延ばしてしまう、情けない正確ですが、国民の生活を預かる政治家がそうであっては困りものです。
これまでの日本の歴史を見るに、どうしても急激な変革が避けられないときにはなんとか対応できてきたようには思いますが、それは必然的に多くの犠牲を生み出してしまいます。
選挙のことを考えるだけではなく、どうあるべきかを考えて政治家には働いて貰いたいと思うし、そんな人を見分ける目を我々も持たなければならないと思います。
これまでの日本の歴史を見るに、どうしても急激な変革が避けられないときにはなんとか対応できてきたようには思いますが、それは必然的に多くの犠牲を生み出してしまいます。
選挙のことを考えるだけではなく、どうあるべきかを考えて政治家には働いて貰いたいと思うし、そんな人を見分ける目を我々も持たなければならないと思います。
gatayanさんへ
ひょっとすると、時間の流れが速すぎるのかもしれません。
ドッグイヤーなどといわれますが、人という生き物の体内時計が、社会の変化に対応できないのかも。
また、よくいわれているように、情報量が多すぎて、もう処理できない状況に陥っているのかもしれません。
だからといって、どうしようもないのですが。
ドッグイヤーなどといわれますが、人という生き物の体内時計が、社会の変化に対応できないのかも。
また、よくいわれているように、情報量が多すぎて、もう処理できない状況に陥っているのかもしれません。
だからといって、どうしようもないのですが。





